英語「で」学ぶ発想の勧め

人材育成に於いて、英語自体を学ぶという発想から、「英語で学ぶ」という発想への転換をお勧めする。


英語「で」学ぶ発想の勧め

 

by 高杉尚孝(たかすぎひさたか)

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ある程度の英語運用能力を得たのであれば、英語「で」学ぶという発想をお勧めする。

 

 

英語自体を学ぶという発想から、

 

「英語を使って、知識やノウハウを習得する」

 

という発想への転換の勧めである。

 

グローバル人材育成をミッションとしてお持ちであれば尚更である。

 

 

 

英語そのものの追求は例外的

 

勿論、英語そのものを極める発想を否定するつもりはない。

 

英語学者を目指すのであれば、英語そのものの理解や運用能力を追求することが目的になり得るだろう。

 

教養や趣味として、英語自体を勉強することもあり得る。

 

また、ビギナーの段階では、ある程度の英語運用能力を習得すること自体が目的となる。

 

その「ある程度が」例えば、TOIEC550点なのか、650点なのかなどの議論は尽きないかもしれない。

TOEICビジネスパーソンの平均スコア

 

 

英語運営能力の向上は「手段」

 

しかし、ここで強調したいのは、殆どのビジネスパーソンにとって、英語運営能力の向上は「目的」ではなく「手段」である点である。

 

そもそも、英語に限らず、言語はコミュニケーションや学習のツール、つまり手段である。

 

ある程度の運用能力がついたのであれば、早い段階で、英語「で」学ぶ発想へと転換するのが肝要だと考える。

 

とりわけ実務に応用できるコンテンツを英語で学ぶのが有益だ。

 

「コンテンツは日本語で学び、他方、英語は英語として学ぶ方が効率的ではないか」との従来の見方をされる方も中にはいる。

 

確かに、参加者の英語運用能力が著しく低かったり、基準を満たす研修プログラムがなかったりする場合はそうかもしれない。

 

このような実施上の課題はあるとしても、英語を道具として用いてコンテンツを学ぶという発想への重要性は、ご理解いただけると思う。

 

 

 

英語運用能力が高くなくとも可能

 

日本語で土地勘のある内容であれば、英語運用能力が必ずしも高くなくても問題ない。

 

コンテンツ自体をそれなりに理解できているので、「英語ではこの様に表現するのか」と、英語運用能力自体の向上につながる。

 

無論、これは、自分にとって未知の分野の学習にも言える。

 

つまり、英語を学習の手段として応用することによって、英語運用能力自体の向上にもつながるのだ。

 

もっとも、これは、副産物として捉えるとよい。主眼をコンテンツの習得におく方が、実務家として重要なはずだからである。

 

例えば、今やビジネスパーソンにとっての基礎力として定着しつつあるロジカル・ライティングを英語によって運営される研修を通して学んだとしよう。

 

ピラミッドストラクチャー、MECE、パラグラフライティングなどを英語で学ぶという試みだ。

NBSLogical Writing Seminar

 

 

 

内容の習得と英語運用能力とを目指す

 

もちろん研修の主眼は、英語でのロジカル・ライティング能力の向上である。

 

同時に、その研修過程は、リッスニング力はもとより、英語でのグループ討議、発言などを通して参加者にとって、幅広い実践英語運用能力のトレーニングの場ともなる。

 

無論、学んだコンテンツは、全て日本語による業務にも応用できる。

 

これらは、英語で学ぶインタラクティブな企業研修やMBAの講義を実施するなかで実際に私自身が得た手応えである。

 

 

 

時代は、英語「で」学ぶ段階へ

 

この感触は、なにもロジカル・ライティングに限った話しではない。

 

  「ネゴシエーション

  「プレゼンテーション

  「メンタル・タフネス

  「コーポレイト・ファイナンスなど、

 

大手企業日本人社員向けに実施している、当事務所の英語による研修に共通した、講師としての実感である。

 

 

今や人材育成は、英語「で」学ぶ段階へと移行しつつある。

 

グローバル人材育成にはもとより、全般的に業務がグローバル化する中、現在日本語業務に従事している人材育成としても有益な発想の転換ではないだろうか。

 

 

私ごとで恐縮だが、91歳の父は、ぼけ防止にと、時折、英書購読会を主宰している。趣味と実益(つまり目的と手段)の両方を追求するその姿に、我が親ながら感心している。